京都府内の介護関連施設のうち約6割にあたる162施設で、入所者に対する身体拘束が行われていたことが8日、府の実態調査で分かった。
そもそも、身体拘束とはなんぞや。
施設に入っている痴呆のお年寄りが、徘徊したり、車いすやベッドから落てけがをしたりしないように、ベルトで車いすに縛ったり、ベッドを柵で囲んだり、鍵をかけて部屋から出られないようにしたりすること。 身体拘束ゼロに役立つ 福祉用具・居住環境の工夫(身体拘束ゼロ作戦推進会議 ハード改善分科会)
へー。身体拘束しちゃうとどうなるの?
身体拘束による「悪循環」を認識する必要がある。痴呆があり体力も弱っている高齢者を拘束すれば、ますます体力は衰え、痴呆が進む。その結果、せん妄や転倒などの2次的、3次的な障害が生じ、その対応のために更に拘束を必要とする状況が生み出されるのである。最初は「一時的」として始めた身体拘束が、時間の経過とともに、「常時」の拘束となってしまい、そして、場合によっては身体機能の低下とともに高齢者の死期を早める結果にもつながりかねない。身体拘束ゼロへの手引き(厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」)
えー。でも身体拘束しないと、介護施設の利用者さんが転んだりしちゃいますよ!介護スタッフも足りないし、いつも利用者さんについておくわけにはいかないよ。
まず第一は、転倒や転落を引き起こす原因を分析し、それを未然に防止するよう努めることである。例えば、夜間徘徊による転倒の危険性のある場合には、適度な運動による昼夜逆転の生活リズムを改善することによって夜間徘徊そのものが減少する場合も多い。第二は、事故を防止する環境づくりである。例えば、入所者の動線にそって手すりを付ける、足元に物を置かない、車いすを改善する、ベッドを低くするなどの工夫によって、転倒、転落の危険性は相当程度低下することが明らかになっている。(同上)
つまり、身体拘束をする前に、様々な対策を施す必要があるということか。
実際にベッドの柵などを設置するなどして身体拘束をしていたものの、様々な工夫により身体拘束をなくした事例はいくつもある。
過去にベッドからの転落経験のある入所者に対し、当初ベッドに柵を設けるなどとして転落予防をしていた。しかし、身体拘束をなくす対策をしてからは柵がなくても夜中安眠できるようになった事例(千葉県)
あとこれはすげえ。
大腿部骨折のため二ヵ月入院し、安全ベルト、つなぎ服、向精神薬などの身体拘束のまま入所した、会話のまったく成立しなかった八十五歳の女性。ケアプランを立て、拘束をなくす目標で@薬をやめA安全ベルトを取るため脚力をつけるのにトイレまでの三メートルを歩くBベッド柵をなくすため和室で対応Cつなぎ服の検討とオムツはずしに取り組んだところ、生き生きとし、座位が取れるようになり、夜は熟睡、尿意が回復、意志の疎通も図れるように。福祉おおさか
このような成功事例はいくつもあるのだが、介護の質が低い(つまり安易な身体拘束をしている)介護施設の責任者やりリーダーというのは、「それはよその場所のことだから」といってその事例を取り入れようとしないのではないか。しかしそれは誤っていると思う。
実際、上記のケーススタディを見てもわかる通り、身体拘束ゼロの技術的条件的な壁は決して高くないと思う。逆に、この程度の対策が人員的にも設備的にもできない介護施設というのは、利用者にとって「ヒドい施設」なだけでなく、そこで働くスタッフにとっても労働環境的に「ヒドい施設」に違いない。
誤解を恐れずに言うと、介護保険ができるはるか前から介護職(ヘルパーなど)をしている「ベテラン」が、これまでのやり方を捨てて、いきなり身体拘束をやめる、というのは難しい部分があるだろう。また得てしてこういったベテランが、施設でのリーダー的立場に立っていることも少なくないはず。だから、末端の介護職員がいくら頑張っても、身体拘束はなくならないかもしれないし、そもそも頑張ろうと思えない労働環境に身を置かされていることもある。
しかし、現場の職員はその環境や感覚に慣れないで欲しい。なぜなら、その連鎖を今の若い世代で断ち切らないと永遠と身体拘束はなくならないからだ。
身体拘束の法的責任はどうか。
「身体拘束と法的責任について 高村浩弁護士」によると、もし緊急事態以外で身体拘束をした場合、損害賠償などを請求されたり、施設の許認可が消される可能性(どころか刑事責任が問われる可能性も)があるが、身体拘束をしなかったために転倒をした場合でも(ベッドが壊れていたなどほかの理由は除く)、訴えられることはないらしいのだ。
つまり、極端な話、たとえ身体拘束をしなかったことで結果的に転倒したとしても、将来的に認知症が悪化したり、身体的健康がより悪化するよりははるかにマシという判断なのだろう。
現在、グループホームでの高齢者虐待問題がやたらマスコミを賑わしている。この煽りを受けて、本来虐待とは関係のない、身体拘束までも叩かれ、結果的に上記のような理由で法的責任を取らされる施設なり職員が出てくることも考えられる(考えすぎかな)。
私は過去に、身体拘束ではないが排泄ケア(介護職の方はわかるだろうが、身体拘束と構造的には同じ問題や弊害を抱えている)の成功事例を取材したことがあるが、その作業に関わったスタッフたちはみな、ごく普通の職員だった(普通というと主観的で恐縮だが、つまり取りたてて特徴はないが、自分の家族の介護を安心して任せられるレベルの職員だと思ったのだ)。
職員のリーダーが自発的に排泄ケアに取り組んだのだが、最初は職員からも反発があったのだという。しかし、排泄ケアの重要性を説明し、徐々に対策を施していくうちに、利用者だけでなく職員自身にやる気や仕事への誇りがみなぎっていったそうだ。
安易な身体拘束は、利用者の心身の健康を損ねるだけでなく、職員の仕事へのモチベーションを低下させ、技術の向上を邪魔させる可能性がある。そう考えると、利用者のためというのはモチロンのこと、介護職員のためにも身体拘束をなくす動きが、国民レベルで広まることを望む。そして、今後増えることを期待したい身体拘束をなくす取り組みは、自分の仕事や能力への自信を取り戻させる大きなきっかけになるに違いない。
近い将来、安易な身体拘束の有無は、利用者の施設選びの「基準」になるだけでなく、介護職にとっても、「働きやすい施設かどうか。質の高い介護を身に付けられるか」を見極める判断材料になればいいと思う。
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